サラリーマンの副業として小説家をしている人々

世の中には才能のある人がいるもので、私の友人はサラリーマンながら小説を書いており、大手出版社から出版までしています。大きな賞に恵まれた経験はありませんが、そこそこの人気作家であるらしく、サラリーマンの収入をゆうに超える印税をもらっているそうです。サラリーマンの副業として小説家をやるだなんて格好良すぎます。

彼が書いている小説は純文学です。ライトノベルなどの軽い物語が流行を見せている昨今にあって、彼は本格的な小説家と言えます。私も何冊か読みましたが、その言語感覚と物語の構成は素晴らしく、いったいどうやればサラリーマンの副業として書かれた小説がこんなハイクオリティーになるものなのか不思議でなりません。おそらく生まれ持ったセンスが違うのでしょう。日常的なものの見方も全然違うのでしょう。純文学は選ばれた人間だけに書けるものだと思っていますが、彼はその一人のようです。

サラリーマンの副業として小説家をしている人物と言えば、有名な女流作家もいます。2009年の芥川賞作家ともなった津村記久子です。私が彼女の小説をはじめて読んだのは短編「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」ですが、軽快な文体が小気味良く、また話も洒落ていて、大変感心したことを覚えています。芥川賞を受賞した『ポストライムの舟』も素晴らしく、私の愛読書の一つとなっています。最近の日本の小説家は、朝吹真理子や柴崎友香など女流作家のほうがおもしろいのですが、津村記久子もこれからの活躍が大いに期待される小説家の一人です。

私の友人といい、津村記久子といい、才能のある人達を羨ましく思います。私も子供の頃は小説家に憧れたものですが、すぐに文才の無さにきづいて諦めてしまったものです。村上春樹は文才を生まれながらのものと断言していましたが、私もそういうものなんだと思っています。努力次第でなんとかなると励ますのが昨今の風潮ですが、努力ではなんともならないものがこの世には確かにあって、それが文才だと思うのです。

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